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倉林靖 (評論家) の記事一覧 (4 件)
ENTRY #16
モダニズムの感覚論(1)
Date: 07.02.07 AM10:33

 モダニズムとは意識の状態である。あるいは、モダニズムとは、知覚をめぐる営為のことである。
 これまで、モダニズム芸術に対するさまざまな定義付けがなされてきたが、こうした観点は、たぶん、あまり強調されてこなかったと思う。モダニズムは、むしろ芸術の客観化・物象化・外化としてずっと語られてきた。しかし、今こそモダニズムは、意識の状態のことだと語られ、記述されなければならない。モダニズム芸術は、客観化の芸術のことなのか? ちがう。モダニズムとは知覚の様態のことなのだ。カンディンスキー、クレー、モンドリアン、あるいはコルビジュエ、グロピウスといった初期モダニストは、皆、(少なくとも当初においては)意識の状態と知覚の様態を定着させ変容させることを狙いとして制作を行ってきたのではないだろうか。あるいは、ロスコやジャッド、といった人たちが狙っていたのも、または現在制作を行っている幾多の芸術家たち、絵画というジャンルだけでなく、写真、映像、インスタレーション、メディアアート(たとえば、ビル・ヴィオラのような作家たち)といったあらゆる方法によって表現を行っているアーティストたちの作品も、意識と知覚という着眼点から読み解かれていかねばならないのではないだろうか。
 現代芸術、あるいはもっと広くいって現代文化一般、といってもいいのだが、それは、情報レベルとして読み取られ受容され評価されている場合が多いのではないだろうか。現代のアート作品も、それをめぐる評論・テキストといった言説も、すべて、私たちの前を通り過ぎる、たんなる一過性の情報として受け取られ処理されていくことが多い。その情報の「内容」こそが問題とされ、その主張の内容--社会的/政治的な問題、アイデンティティの問題、ジェンダー、ナショナリズム、etc.etc.……--がいちど理解され受け取られれば、すぐさま省みられず消費されていく。そう、意識/知覚にこだわる態度の対義語は、消費なのだ、といってもいい。
 消費は、別な観点からいえば、内容に関してだけではなく、その外形、スタイルについてもなされ得る。スタイル、外観の様式の変化こそが、モダニズム芸術の要点である、ともこれまで語られてこなかっただろうか。確かに、様式の変化は、人間がものをどうみているかという知覚の変化の指標となりうる。しかし、スタイルの変化の外観だけが、まさに情報として消費されてしまうことによって、私たちはほんとうの、深度の深い経験としての芸術経験をする機会を絶えず逸してしまうことになるのだ。芸術対象に没入し、それがいったい何なのか、どんな感覚を私たちにもたらすのか、そこで私たちの知覚に何が起こるのか、そのことによって私たちの意識にどんな変容が行われるのか、ということを、じゅうぶんに感じ、考え、理解しようとすること、そうした芸術経験こそが、今後、よりいっそう探し求められなければならないのである。
 いまいったような芸術経験、モダニズム芸術の核としての、(作品をみる私たちの側の)意識の状態の記述としての作品として、たとえばマーク・ロスコの絵画群をその典型例として思い浮かべてもいいだろう。鑑賞者の前に存在する、茫洋とした色面をずっと見つめ、その対象に没入することによって、見る者の知覚の様態と意識の変容のありかたを確認させることを、おだやかに促すような作品群……。
 ところで、ロスコの作品について考察する際に、その感じ方、考え方の筋道のヒントになりそうな一冊の本が、最近邦訳されている。ニコラス・ハンフリーという心理学者/哲学者が書いた『赤を見る:感覚の進化と意識の存在理由』という書物である(柴田裕之訳、紀伊國屋書店、2006年11月刊)。著者のハンフリーはマウンテンゴリラの「盲視(ブラインド・サイト)」の研究など、動物行動学方面の研究も蓄積しつつ、人間の感覚や知覚とは何か、またそれを通じて、人間の意識とは、そもそもいったい何なのか? という問題を問い続けている学者である。『赤を見る』は、文字通り、一面真っ赤なスクリーンを見るという行為のなかで人間の感覚や知覚が行っていることを熟考し、意識の正体を探り出そうとしている、一連の講義録から生まれた書物だ。本の前半部分はひじょうに興味深くスリリングだが(第3章まで)、後半の論理展開や結論にはやや疑問点を多く感ずる箇所がある。機会があればそうした議論も試みてみたいところだが、いまは、モダニズム芸術や特にロスコ芸術の受容に関係ありそうな箇所についてほんの少し紹介をしてみたい。

aka3.JPG  ハンフリーによれば、赤いスクリーンを見ているときにその人間に起こっているのは、「二つの非常に異なる種類の出来事」である。まず一つは、「物事がどういう状態であるか」「何が起きているかについての概念」を得ていることで、これを「命題的態度」という。もう一つは、見ている人自身の視覚的感覚に関する意識であり、これを「現象的意識」という。ここでは彼は「実情の観察者」であるだけではなく「それまでまったく存在しなかったものの能動的作り手」であり、「その感覚こそが彼であり、ほかならぬ彼の主体性の本質を形作っている」(あるいは、「この感覚、この『赤すること(レッディング)』は、この瞬間に彼本人であることの核を成す」)。この彼の感覚は「能動的で第一人称的な反応」であり「何かについてのものではない」。それは「赤い感覚を経験していると自らが呼ぶような特別な意識の状態」なのである。  
 ここでハンフリーが行った重要なことの一つは、彼自らの言い分によれば、次の通りである。すなわち、いままで「見る」とは何かということを論じる際には、たいてい「命題的」要素のみに焦点が当てられてきたが、実は、「現象的」要素に焦点を当てることによって明らかにできることがたくさんあるのだ、ということだ。もちろん、「現象的」側面に光を当てることは、それこそ文字通り「現象学」という哲学の分野でフッサール、フレーゲ、メルロ=ポンティらが行ってきたことの専売特許であるわけだが、ただ、ここではハンフリーが哲学と心理学・生理学を結びつけ、こうした意識をめぐる議論になるべく科学的な根拠を与えようとしていることこそが、今日的・現在的な新しさを持っている、といえるというわけなのだろう。結論からいえば、ハンフリーがここで主張しているのは、「命題的」要素=知覚、「現象的」要素=感覚、と捉えてみた場合、「知覚」は生物学的な生存・個体保存に大きく役立っているのに対して、「感覚」はまさに自己意識を統一し統御するのに役立っており(それは、いま・ここに・私という主体が在る、という感じをもたらす)、「感覚を持つことで主体は意識を持つようになる」ということなのである。ではなぜ人間は生物としての進化途上で、機能的には知覚の「おまけ」としてあるように思える感覚を(すなわち自己意識を)発達させてきたのか、という問いが『赤を見る』という書物の後半で展開されているわけだが、さきに述べたように、ここの議論の展開のさせ方には個人的にはちょっと納得のいかないものがある。最終的な結論として、生物としての人間が自己意識を獲得したのは、けっきょく、自己が重要なものであり世界において大きな意味を持つという認識を得させるためであり、そのことがまた人間を生物種としても飛躍的発展を遂げさせたのだというあたりは、おおかたは強く納得するが、ちょっと合点のいかない部分もある。(※ハンフリーの以前の著書を、生物進化学者のリチャード・ドーキンスや養老孟司氏が誉めているというのも頷ける話であって、彼らは科学界の最右翼の還元主義者であるからだ。当のハンフリーも本書を読み進めているうちに、どうも還元主義者であるらしいことが分かってくるのが、ちょっと引っかかる点なのである。まあこれはどうでもいい話であるのだが……。ちなみに、筆者にとって「還元主義者」とは、何でも「○○は××に過ぎない」という結論に持っていきたがる思考様式を持つ人々のことである。養老氏いわく、「すべては脳の働きに過ぎない」。)
 だが前にも述べたように、この『赤を見る』という書物の、前半部分の論の展開はひじょうにスリリングで、様々に応用可能な胚を含んでいるようで、面白い。たとえば知覚と感覚の差異づけの問題は、さきにもちょっと言葉を出した「盲視」の問題とからんでいる。盲視とは、大脳皮質の視覚野に損傷を受けているために、基本的に視覚機能が働いていない(つまりものがみえていない)はずの人が、それでも実は目の前のものの形や色がわかっている、みえている、つまり知覚しているらしい、という現象である。こういう人々は、きちんとものが見えているはずなのに、自分では「ものが見えているという感覚がない」という。つまり、知覚があるのに、感覚がない、のだ。このような問題提起をされたときに、知覚と感覚との差異ということがちょっとだけ具体的に思考の対象にのぼってくる。というのは、私たちは日常生活のなかでは、「目の前の赤い色をみている」ということと「赤い視覚体験が私のなかで起こっている」ということを、通常、区別しない(できない)。哲学的に考えるなら、むしろ確実なのは私の主観的経験のなかで赤い色を感覚している、ということのほうなのであって、目の前のスクリーンがほんとうに赤いのかどうなのか客観的に確かめてみるためには、もう一歩ちがうステップが必要になってくる。ハンフリーにいわせれば「感覚は物理的事実として網膜上に存在する像のたんなるコピーでは断じてない」。単なる知覚として目の前に赤いスクリーンがあるという情報を得るということと、鮮やかに、あるいは深く、没入するように「赤」を経験する、ということのあいだには、超えがたい何か、プラスαが存在する……。しかしこの知覚と感覚(あるいは知覚と意識/知覚と概念?)という問題圏は、人間の思考をめぐるヴィトゲンシュタイン的領域にまで拡張していく恐れがあるから、ここではこの程度を示唆するにとどめておこう。
 話を戻せば、いまハンフリーの著書の流れに則って展開した議論は、たとえばロスコの絵画をみるときの私たちの意識のありようそのものと深い関係を持っていないだろうか。
 私たちはたぶん、モダニズム芸術をみる際にも、それが何をどう描いたものであるかという「命題的」要素のほかに、そこで作品をみる者に何が起こるのか、という「現象的」側面を強調して論じる必要があるのかもしれない。鑑賞者がひたすら自分の作品のみに没入してくれることを望み、他人の作品が鑑賞者の視野に入ってくることを嫌い、自分の作品のみの展示を志向し、ついには自分の作品のみに鑑賞者が囲まれる連作の「壁画」形式、礼拝堂形式に傾いていったロスコの作品。鑑賞者はそこで、自らの感覚のなかにおぼろげな形態と色彩が浮き上がってくるのを感じ、自らの意識と対面し向き合うことになる。そのためにこそ、この絵画の外観は周到に配慮されている。モダニズムと感覚の問題、それは私たちを今日あらためて芸術の根本的な問題に私たちを連れ出すのである。(続く)

川村記念美術館
http://www.dic.co.jp/museum/

ENTRY #18
身辺雑記(1)
Date: 07.02.22 PM09:47

 昨年3月、念願だった新居が完成して、ほぼ1年が経つ。建築家に設計を依頼し、自分たちの好みや生活感覚を存分に取り入れてもらい、建築家とともに作ってきた家。敷地面積約80m²、建築面積約40m²、いちおう2階分の高さはあるが幾ばくかのロフト的なスペースを除けば、ほぼ吹き抜けだけの1階分が大部分のスペースで、述べ床面積は約59m²。いわゆる狭小住宅、といっても過言ではない本当に小さな家だ。設計を担当していただいたのは、共通の友人からの紹介で知り合った人で、小林洋子氏と彼女の会社「ACT環境計画」。住宅も幾つも手がけているが、他に最近では、クラシック音楽ファンには有名な「ミューザ川崎」のホール内部部分を手がけている。うちもなぜか音響的にとても響きのいい家になった。
 私たち夫婦の念願は基本的には、とにかく機能的に「小さい家」を作ってもらうこと、もうひとつは本棚がリビングにある家、ということ。私たちの思いもかけない建築家の方のからのアイディアも多々あったりして(たとえば、2Fロフト部分と同じく2Fの私の書斎をつなぐ部分として、「橋」がある! こんな小さい家なのに「橋」があるのだ)、もう予想をはるかに超えた素晴らしい家ができあがった。


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箱の中の箱。小さな箱の中は水まわり(バス・トイレ)。その箱の上がロフト部分で、「橋」が突き抜けている。
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「橋」の下がダイニングで、橋の裏側に照明がついている。橋の先の2Fが私の書斎(書庫)。


 結論からいって、よく設計された家に住むということは、人生観が変わるくらいの大変化である。よく考えられてデザインされた住宅に住むことは、日々の生活のなかでの考え方、感じ方にものすごく大きな影響を与える。衣・食・住も含めた生活そのものも、家に合わせて向上させていかなければ、という気になるのだ。
 このあたりの感想はきりがないのでまた書けるときに書くことにして、意識のもうひとつの大きな変化は、住宅にあったアート作品をきちんとコレクションしていきたい、という気になってきたことである。前の家のときから少しずつ集めていた作品もあったのだが、最近になって、ささやかな収集計画の再スタート第1弾として、神山明氏の作品を2つ(2セット)、購入した。

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以上、神山明「わたしたち」(5点)(1992)。
これは妻の書斎コーナーです。


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神山明「風道」(2003)


 いいアート作品に触れていると、引き締まった、いい空気感のなかで生活していける気がする。今後、少しずつだが小さなコレクションを充実させていきたい。以下は我が家のコレクションの、ほんの小さな作品群。


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小林孝亘作品

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赤崎みま作品

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小林健二作品
赤崎さんと小林健二さんの作品は私の書斎にあるもの。

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田中隆博作品

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渋谷和良作品

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岩男和子作品

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象山隆利作品

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渡辺貴子作品
これは裏の坪庭部分に置いてあるもの。

作品、展示のようすに変化ができるたびに報告していきたいと思います。

ENTRY #21
モダニズムの感覚論(2)  ロスコの絵画経験と意識
Date: 07.03.13 AM10:00

 私たちの意識は、いったいどのようにして存在しているのだろうか。たとえばロスコの絵を観る体験は、意識とは何かを問う体験と同じであり、その絵画作品は私たちのなかに意識が浮かび上がってくる様相を捕らえるために制作されたのではないか、と思えてならないのだ。
 彼の作品--ここでは川村記念美術館(http://www.dic.co.jp/museum/)の「ロスコ・ルーム」の作品群を念頭に置いて考える--が私たちの内部にまず及ぼす感覚は、それが「浮かび上がってくる」という感じである。ロスコ・ルームの室内はとりわけ照明が落とされて暗くなっているので、私たちはそこに入ると、はじめはひじょうに暗くて殆ど何も見分けられない。暫くたって眼が慣れてくると、ようやく絵画がどのように描かれているかを識別できるようになる。ロスコはアトリエで作品を制作しているときに、それが置かれる暗い雰囲気を考慮して色彩その他を選択しなければならなかったそうだが、それほど彼はこの、暗さから作品が浮かび上がってくる、という感じを大事にしたかったにちがいない。
 この事態を逆にいえば、私たちの眼がいかに環境の明暗の差に柔軟に対応しているか、を示すことになるのだが、ここですでに明らかになるのは、作品の「客観的」な記述など、ほんとうはありえない、ということなのだ。作品の状態は周囲の明るさによって大きく変わってくるし、置かれた場所・位置、背景の壁の色、等々によっても見え方はかなり変化する。その、どの状況をとって、作品の理想的な見え方、とするのか? 自然光を最大限に浴びた状態を、客観的に記述できる状況、とするのか? しかしそれでは、暗所に置かれることを意図された作品では、意図と「客観性」のあいだに大きな懸隔がつくられてしまうことになる。絵具の物理的な組成や含有量、輝度など、絵画を「科学的に」「測定」して、最大限に客観的に正確に記述することはできるかもしれない。しかし、それは、私たちが、ある時、ある状況下において、ある心理状態・精神状態のもとで作品を「観る」ことの意味を明らかにしてはくれないのである。作品の受容とは、私たちの意識のなかで一回一回独自なものとして、一度きりのものとして起こる「事件」である。客観物=感覚、ではない。両者はイコールでは結べない。『赤を見る』のハンフリーの言い方に従えば、ロスコの制作した絵画という客観物と、それが私たちの内部に喚起した感覚とは、決して等号では結べないものなのだ。
 だからこそ、作品について客観的に述べようとするときには、科学的に正確な記述と同時に、作品を観ることによって私たちの感覚に起こった出来事をできるだけ詳細に記述してみることが必要なのだろう。そして、ロスコ作品のような抽象絵画は、むしろ感覚内の出来事をより重視させる方向に傾いている、といってもいいだろう。伝統的な「主題」を持った絵画は、そこに描かれている具体的な「もの」が何か、を記述することによって、客観的な記述をしおおせるという感覚を生み出しやすい。レンブラントの作品などを考えてみると、その作品はロスコ的な意味合いで、光、色彩、筆触など、純粋に感覚受容的な要素を多く含んでいるのだが、しかしそこに描かれたもの、人物、背景、主題を知ることで、作品を知った気にさせるものである。モダニズム絵画が、主題や内容をどんどん捨象させて抽象的になっていった、ということの意味は、だから、ひとつには観る者を自らの感覚により集中させる、というところにあったわけなのだ。しかしこれはモダニズムに特有のことでは決してなく、絵画、芸術に本質的な問題である。美術の客観的な記述などということは、殆どありえない、ということ、そして、絵画を観るとは、私たちの意識内で一回一回その都度起こる事件であるという、このことは。
 ロスコ・ルームにおいて、作品が「浮かび上がってくる」という印象をさらに細かくみていてくと、そこにはまず「図」と「地」の問題があることがわかる。絵画の基底となる面の上に、また別の色面が「載っている」という感覚。川村のロスコ・ルームの作品では、その載っている色面のさらに上にもう一つ色が載っているのだが、基底の色と一番上の色が似通っているため、それらは「色面が三層にわたって載っている」のではなくて、「基底に枠のような色面が載っていて、その枠の中に基底の色が見えている」とも見えてくる。私は観に行くたびに、前者のようではなく、後者のように見えてしようがないのだが、他の人にはどうなのだろうか? これはロスコが意図的に面と面の関係を曖昧に見せようとした結果なのかもしれないが、私にはなんとも断じ難い。ともかく、ある基底(地)の上に茫洋とした色面(図)が載っている、という状態が、よけいに、イメージが「浮かび上がってくる」という印象をもたらしているのだろう。非物質的な空間に、また別の、ある非物質的な曖昧な形象が浮かんでいる、という感覚である。この、上に載った色面が茫洋としている、ということ、これは、「地」と「図」の問題のほかにもうひとつ、「輪郭」という問題圏を浮上させる。

 私たちはものを見るときに、「輪郭」を感じているということ、そしてそれは表現手段として「線」を伴うこと、これはとりあえず知性を持った人間に普遍的な見え方であるらしい。印象派(あるいは日本の明治時代の「朦朧体」など)は、輪郭は私たちの視覚のリアリズムに反するのではないか、として、輪郭を強調せずできるだけ周囲の環境(光)に溶け込んだ形でものを描こうとした。ところがこれは、少なくとも理論的には些か無理があるのではないだろうか。たとえばこれに関してケネス・クラークが印象派について述べたことはひじょうに興味深い。
「芸術創造の最高の目的は、人を説得せずにはおかないイメージをつくり出すことにある。イメージはひとつの具体的な<物>であり、印象派は<物>の放棄をねらいとした。また絵画におけるもっとも単純で永続的なイメージは線で囲まれた<物>であるが、印象派は線を放棄した。」(ケネス・クラーク『風景画論』佐々木英也訳、2007、ちくま学芸文庫、251p.)
 だから、印象派はむしろ私たちの通常の視覚のリアリズムとは別次元の認識形態を、(結果的に)創造していったのだ、ということは、ここではあまり深入りしないようにしよう。とにかく、通常の私たちのリアリズムとしては、ものに輪郭があるのが当たり前で、そのほうが「自然」な感じ方なのである。では、輪郭がぼやけているロスコの絵は、やはりそのことによって、通常の視覚的リアリズムとは異なった(越えた)領域を描こうとしている、ということになるだろうか? ロスコの絵画は、普通の生活圏内での知覚を描いたというよりも、やはり非物質的な何かを描いた、という感じが強い(これは抽象絵画なのだから当たり前、といえるだろうか? もしそうなら、ロスコの絵画の持つ非物質性と、たとえばモンドリアンの絵画が持つ「具体的な」印象の差はどう捕らえられるのか。--このことは、「もの」としての絵画、物質性としての絵画ということを強調したような作品群を考えることとはまた別な問題である。捏ねまわされた絵具という「物質」を呈示した白髪一雄の作品とちがって、ロスコやモンドリアンの作品はやはり枠内の「イメージ」を問題にした作品なのであり、そのうえでの、イメージの具体性と非物質性についてここでは考えているわけなのだ)。ロスコの絵画は、色面の「地」の上に茫洋とした「図」が載っていること、そしてそれらが曖昧な輪郭をもっていること、によって、そしてまた絵画全体の枠の中にその「図」の形態がすっぽり納まっていること、によって、「非物質的」な「イメージ」であることを私たちに喚起させるのである。
 たとえてみれば、ロスコの絵画は、眼を閉じてみたときに浮かび上がる残像の斑点のようなものに似ている。この残像とは、半分、「知覚なしの感覚」に近づいたもので、--「半分」というのは、眼を閉じたときの残像でさえ、瞼の皮膚を通ってくる光に影響を受けているだろうし、直接的には眼を閉じる直前に見たものの反映に多くを負っているのだから。このような「知覚なしの感覚」に近づいたものとして、私たちが睡眠中に見る夢、あるいは覚醒中に脳裏に浮かぶ「イメージ」があるかもしれない--私たちはロスコの絵画をみることで、自分の内部、内的なイメージに向き合い直面している、ということになるだろうか。もっといえば、ロスコの絵画に向き合う経験とは、具体的な「なにか」を見る経験なのではなく、「イメージをみること」そのものに向き合い、感じ、考える経験なのだといえるだろう。いわば、禅の経験のようなものだ。絵画を観るということが、イメージを見るということそのものについて考えさせる経験を常に含んでいるとすれば、ロスコの絵画を観ることは、そのような経験についての経験を喚起させる、ほとんど禅の瞑想のようなものであるといえるのかもしれない。
 ロスコの絵画を観る経験について、いままで、「浮かび上がってくること」「非物質的なイメージ」「イメージそのものを見ることの経験」「禅の経験」などとさまざまに形容してきたが、もうひとつ重ねて言うことを許してもらうとすれば、それは「意識が無意識から浮かび上がってくるような経験」ということもできるのではないだろうか。ある茫洋とした、曖昧な広がりのなかから、ひとつの形象に注意が集中されて浮かび上がってくる。おぼろげながら自己意識がそこに形成されていく。ロスコの絵画をみるときに、暗く曖昧な画面から眼が慣れ自己集中が進むにつれ、ひとつのイメージがだんだんと認識されていくことに応じて、観る者のなかで曖昧な無意識から次第に意識が浮かび上がってくるのだ。いわば、ロスコの絵をみる経験のなかで、意識の誕生の劇が行われているのである。
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 無意識からの意識の浮上、自己意識の誕生と形成、ということに関して、私にとってたへん示唆的なふたつの著作がある。ひとつは、ジュリアン・ジェインズが書いた『神々の沈黙:意識の誕生と文明の興亡』(柴田裕之訳、紀伊國屋書店、2005)、もうひとつはエーリッヒ・ノイマンの『意識の起源史』(林道義訳、紀伊國屋書店、改訂新装版2006)である。ジュリアン・ジェインズ(1920~1997)はプリンストン大学の心理学の教授であった人、エーリッヒ・ノイマン(1905~1960)はドイツからイスラエルに渡った、ユングの高弟でユング派の分析心理学者。二人のアプローチはおおむね一致していて、個体としての人間の心理の成長と、人類史における意識の発生を重ね合わせ、人間にとって「意識」の発生は、たかだか今日から四、五千年、ないしは三千年前くらい前に起こった新しい出来事であること、そして人間にとって、意識の基底となっている無意識が非常に重要な役割を果たしていること、を詳述している点で共通している。意識が生み出されることによって初めて「自己」意識が芽生える。--私たちは日常生活のなかで、思ったほどは「意識的に」生きてはいない。日々の習慣的な行動パターンにのって無意識的に行動している、とか、何も意識せずにぼんやりと考えをめぐらしている、ようなことがはるかに多いのである。私たちが「はっきり自己意識を持って」生活している場面、とは、ではどんな場面かというと、私たちが自らの行動や考えをはっきり意識しているとき、あるいは、「何かを考えている自分について考えている」ようなときである。前述のジェインズは、意識を持つ前の人間は大部分、無意識から聞こえてくる声に従って行動していた、つまりそれが「神の声」と認識されていた、という立場をとっている。自己意識の統制、自己統御が失われた状態(いわゆる統合失調症)では、分裂した別人格からの声が聞こえてくることが多い、ということを、心理学者のジェインズは重ねて強調している。人間は自己意識を持つことによって初めて、いま・ここに一個の存在としての自分が在る、という感覚を持つことができる。自己意識は、無意識から自己創出されるのであり、いわば、フィヒテが語った「自我は自分自身を定立する」というような思想がここに内包されているのである。このことは、ハンフリーが『赤を見る』で語った、自己意識の存在の意味にもつながっているように思われる。ロスコの絵画を観ることは、こうした意識と無意識についての想念を様々に喚起させてくれることによって、わたしたちに大変重要な経験をもたらしてくれるのだと私には思えるのである。このあたりの意識-無意識の問題はとても面白い問題を孕んでいるので、次にあらためて論じてみたい。(続く) 

ENTRY #30
身辺雑記② グールド/メディア/ビートルズ
Date: 07.04.26 PM10:35

(以下は、最近、雑誌『音楽現代』5月号(特集:「3人のカリスマ グールド カラス クライバー」)に載せた駄文です。ここに全文転載しておきます。)

グールド/メディア/ビートルズ ~グレン・グールドの現在性

 「グールド」とは何なのか。彼について考えれば考えるほど、グールドはひじょうにユニークな存在で、唯一無二であり、彼のような個性は二度と現れないのではないか、という思いが強くしてきてしまう。彼をめぐる思考には、様々に複雑で錯綜した要素が入り混じってくる--たとえば、彼は歴史を超絶した個性であり、彼が残した録音その他の仕事は、時代を超えて価値を持ち続けるだろう、ということは明らかだが、同時にその一方では、一九五〇年代にデビューして六〇年代・七〇年代を駆け抜け、八〇年代初めに死に至った、というその時代だからこそ、また北米のカナダという国だからこそ、「グールド」は生まれ得た、つまり、時間的にも空間的にも限定されたところでこそ彼の個性は輝くことができたのだ、ということもまた、真実であろう。またグールドは、もちろん第一にピアニストとして偉大なのであるが、その一方で、単なる演奏者という枠を越え出た観点から彼を評価することは、絶対的に必要だと思われる。
 グールドの不滅性とは、まず、いま述べた最後の点、すなわち、単なる演奏家という枠を越えて、彼がさまざまな活動を行い、さまざまな表現メディアを駆使したことを考えるとき、ことさら強く感じることができるだろう。生涯を通じて常にメディアについて考え続け、その思考は邦訳で二つの「著作集」にまとめられているし、また 「対位法的ラジオ・ドキュメンタリー」と称した幾つかの作品--「孤独三部作」と呼ばれる「北の理念」「遅れてきた人々」「大地の静かな人々」--や、「録音の将来をめぐる対話」等々のラジオ番組の制作、講演、「弦楽四重奏曲」や映画音楽の作曲など、多岐にわたる「作品」を彼は残している。偉大な評論家であり特に先駆的なメディア論者として知られているマーシャル・マクルーハンと直接交流があり、そのなかでグールドは今日そして未来にも通じるメディア論を展開し続けた。このような彼はまた一個の素材として、映像・映画、著作の、そして研究の対象となっており、さまざまな人々の思考を刺激し続けている。こうした研究は我が国でも多くが邦訳・紹介等がなされ近づきやすいものとなっているが、特に近年のメルクマールとしては、グールド研究第一人者の宮澤淳一氏の『グレン・グールド論』が上梓されたことが挙げられる(春秋社、二〇〇四年)。宮澤氏はここでグールドに対するアプローチを、2つの「ゴールドベルグ変奏曲」録音にみる演奏家論と並んで、メディア論として、そしてカナダ人としてのアイデンティティ論として、というように三本立てにして展開するという炯眼ぶりを発揮している。やはりそのようにしてでなければグールドの全体像、そして今日的な意義はとらえきることができないのだ(「カナダ性」という面では、前述のマクルーハンがカナダ人であること[トロント大学に在籍していた]、偉大な実験映像作家ノーマン・マクラーレンがイギリスからカナダの放送局に迎えられて様々な実験的作品を残したこと[グールドとの共同の仕事あり]、さらにポピュラー系ではシンガー・ソング・ライターのジョニ・ミッチェルや、ザ・バンド[メンバー5人のうち4人がカナダ人]がカナダ出身であることが興味をひく。特に、筆者の敬愛するロック・ミュージシャン、ニール・ヤングがグールドと同じトロント生まれと知ったときには、びっくりし、思わずなるほどと納得してしまった!)。
 筆者が、グールドの意義について考えるために、彼と並べられる現象として、いちばん先に思い浮かべるのは、たとえばビートルズのことである。ビートルズは一九六六年の全米ツアーの最後となった八月二九日のサンフランシスコでのライブを最後に、公演活動を行わなくなり、以後は活動の中心をレコード録音に置くようになる(ちなみに、この直前の七月に彼らの東京公演が行われている。ビートルズは以後、六九年に映画『レット・イット・ビー』撮影のなかで突発的な「屋上ギグ」[「ゲット・バック・セッション」]を行ったのを例外として、二度と公開ライブを行わなかった)。グールドは一九六四年四月十日のロサンゼルスでの演奏会を最後に、その後、演奏会活動の停止を宣言し、やはり活動の中心をレコード録音に置くようになっていく。ビートルズがグールドに影響を受けた、とは考えにくいが、しかし両者には何かしら関係があるのだろうか。その判断は研究者に委ねたいが、しかし、間接的な関係性というならば、グールドとビートルズの両者には、レコード録音というものの独自の可能性を追求するためにライブ活動を行わなくなる、という時代的な要請に従った点で、おおいに共通性があるといわねばなるまい。
 六五年の『ラバーソウル』、そして六六年の『リヴォルバー』といったアルバムでも、ビートルズはすでにスタジオ録音に独自の可能性の追求、ということを始めているが、それが顕著なかたちで現れるのは、やはり彼らがライブ活動を行わなくなって以後、六六年十一月から録音が行われ、六七年六月に発表されたアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』だろう。いまなおロック史上の最高傑作と評されるこのアルバムは、テープの逆回転から生まれるトーン・クラスター、自然音等サンプリングされた音源との合成、などさまざまな電子的変調が駆使され、それにインド音楽やクラシック等あらゆる音楽的要素が接合されてできあがっており、まさにスタジオ録音ならではの可能性を全面的に展開させた傑作になっている。内容的にも、「ペパー将軍のバンド」が演奏するというストーリー性が与えられ、最初と最後にそのバンドのテーマソングが入って、枠内で様々なナンバーが演奏されるなかで、「ロンリーハーツ」というタイトルに呼応した現代人の精神の不毛性、孤独が表現されていく(愛や友情への希求、LSD…)。最後の「ペパーズ」のテーマソングが流れたあと、1曲だけ枠から外れた、より「現実世界」への帰還を思わせる「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」(人生の一日)が、先に述べたトーンクラスターの混沌のきわみのなかで断ち切られたように突然終わるのが、戦慄的かつひじょうに衝撃的なのだ。『ペパー』というアルバムは、こうしてまさに現代という時代と人間を映し出す、比類ない、恐るべき傑作なのだが、録音というメディアしかできないものとしてこのような作品が生まれた、そのような意味では、たとえばグールドが「ゴールドベルク」のアリアと三〇の変奏をそれぞれ何テイクかずつ録っていちばんいいテイクをつなぎあわせて、生演奏では不可能な様相をもったレコード作品を生み出したこととも合わせて、ビートルズとグールドはみごとに同時代人としての親近性を示している、と私には思われるのだ。
(ついでにいえば、私には、グールドが一九八二年九月に新録音の『ゴールドベルク』を発表し、新たな可能性を感じさせた矢先に、同年十月に脳卒中で死去してしまったことと、ジョン・レノンが一九八〇年十一月に「スターティング・オーヴァー」や「ウーマン」といった名曲を含む(オノ・ヨーコとの)アルバム『ダブル・ファンタジー』を発表して音楽活動の本格的な再開を始めた矢先、同年十二月八日に凶弾に会い死亡してしまったこととが、妙にダブって見えてしようがないのである。まあこういうことに影響関係などはまさかないだろうが…。)
 ともかく、グールドが、生の演奏会という形態を嫌い、聴き手がより内的に集中できる録音の鑑賞という形態を好んだという事実は、音楽(音響)の電気的(電子的)操作、という意味からも、あるいは、人間の知覚の様態を問題にする、という意味からも、クラシック系ではなく、むしろある種のポピュラー系の問題意識に近づいている、といえるのではないか(前述の宮澤氏の著作にも、グールドの、ジャズ・ロック系の聴き手からの親しまれ方というものが、数多くの論点のひとつとして含まれていた)。より現在に近い領域でいうと、さしずめ、池田亮二やカールステン・ニコライといった、コンピュータによってサイン・ウェイヴをもとにして音響作品を作っていく「サイン・ウェイブ派」あるいは「音響系」と呼ばれるサウンド・アーティストたちに、グールドに近しいものを見るべきと私は思う(これらの動向については、たとえば佐々木敦『(H)EAR:ポスト・サイレンスの諸相』[青土社、二〇〇六年]を参照のこと)。むろん、グールドを純粋にクラシック演奏論の範疇で論じることはおおいに意味があろうし、クラシック界における、いわゆる「グールドの再来」--本当にグールドに似ているという意味から単に変わっているという意味まで含めて--と呼ばれる人たち(ポゴレリッチやファジル・サイ、アワダジン・プラット、最近ではマルティン・シュタットフェルトなど)を注視すること、もしくは即興性やリズム感(スイング感)という面で、今日のクラシック界(もしくは古楽界)にグールドがどんな影響を与え続けているか、を考えることは、大きな意義があるだろう。だがそれでも、冒頭に述べたように、依然としてグールドは一回限りの唯一無二の現象なのであり、ことに思考の射程を演奏からメディアという面に広げたときに、このことはとりわけ強くいえると思われるのである。