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仲世古佳伸 (芸術計画家) の記事一覧 (2 件)
ENTRY #9
Make My Day!
Date: 07.01.16 PM06:11

nakaseko_070115_01.jpg2006年12月31日が無事に終わった。
10年前、人生のアクシデントに遭遇してしまったぼくは、毎日日記のつもりで写真を撮ることを思い立つ。カメラは、当時革命と呼ばれたAPSフィルム対応のキヤノンのIXYだ。
今ならデジカメで撮影した日常写真を、自分のブログで公開してしまう「表現」がありきたりなものになっているが、10年前のぼくにはそんな予想なんてなく、とりあえず10年間、毎日の日常を撮り続けてみようと思ったのである。ま、これは「一日一撮」。ある種の”リハビリアート”とでも呼べる、極めて個人的事情に基づいたぼくの日課であった。

スタートしたのは1997年の1月1日からだった。正月休みの間、初めてアルバムの最初から見てみることにした。10年という月日は、大人にとっては小さな過去だが、子供にとっては大きな過去だ。今年中学を卒業する娘は、まだ5才の保育園児だった。公園の滑り台で膝を擦りむいたままジュースを飲んでた娘も、今は身長163センチの逞しき女子へと変貌した。人間もこうやって成長していくのかが判る。フ~ンという思いだ。

この写真日記を始めるにあたって、少しだけルールをつくることにした。「基本的に、ぼくの身長である170センチの目線でファインダーを覗くこと」「写真家ではないので、技術的なことには一切関与しないこと」「撮れなかった日、撮りたくない日は無理に撮らないこと」「必ず自分が撮らなくても良しとすること」「あまり考えず、その瞬間をシャッターにまかせること」の5つである。

写真が抜けた部分には、写真の変わりにブルーの色をはめ込むことにした。これは、ぼくのCIカラーのようなもので、勝手に命名したのだが、”ナカセコブルー”という、印刷でいうところのシアン100%のブルーである。写真にはあまり理屈がないが、こういう部分をコンセプチュアルに組み立ててしまうのが、悲しいかな、嬉しいかな、ぼくの性か。

「一日一撮」でも、ところどころ抜けてる部分があるにしろ、10年分たまれば随分のボリュームである。1枚1枚じっくりと見続けたので、たっぷり3時間くらいかかった。
娘の成長と、隣り合わせにして登場してくる、ぼくの日常とは「こんなものか」という実感。若き会田誠君と彼女とのスナップのみずみずしさ。重要な狂言回しを演じてくれた、最多出場のわれらがO JUN君。いつの間にかぼくの視界から消えていった人たち。突然飛び込んでくるように現れる風景や、人との出会い、などなど。ときどきは感傷的な部分を織りまぜながらも、自称「芸術家残酷物語」の滑稽なぼくの10年は、2006年12月31日で無事に終わったのである。バンザイ!バンザイ!ついでに美しい国ニッポンもバンザイ!!

と、いうことで、今年はこの膨大な日常のスナップを作品にしたいのと、このaobiで”自叙伝的・私小説的・アートエッセイ”なる野心作(おおげさですが)を連載していこうと思っている。そうです、次ぎの10年に向けて、ハリー・キャラハンは振り向き際にこう言い放ったのだ。「Make My Day!」

ENTRY #43
「88 1/2」 - 笑顔とハプニング
Date: 07.05.25 PM06:37

今日は5月3日、そしてぼくの51才最後の日でもある。まるで五月晴れを絵に描いたような良い日だったので、近くの上井草スポーツセンターにいってジョギングをすることにした。
娘が中学ではいていた青色のジャージを借りて、右のポケットにはジョギングのあとのドリンク代の小銭を数枚、そして左のポケットには家のキーを入れて外に出た。少しポケットの底が浅いのが気になった。

この日の上スポは、連休のイベントなんだろうか、軟式高校野球の大会を開催していた。丁度ぼくがいった時間には決勝戦が始まっていて、まるで映画に出てくる草野球のシーンを見ているような、のどかな空気をつくっていた。ぼくは試合を横目で見ながら、軽くグラウンドの周りを走り出した。
空は青い。風もほとんどない。昨夜見たクリント・イーストウッドの『硫黄島からの手紙』は良かったな。渡辺謙演じる栗林中将は「ここは、まだ日本か」と言い残して死んでいった。野球のことは何も考えず、ぼくの日常とはときにはそんな感じだ。
ハッ、ハッ、ハッ、1週600メートルをながすのがやっとだ。それでも今日は調子がいいほうだ。芝生に寝転がってストレッチでもやろう。

もうすぐ齢52になるぼくのカラダが拒絶する。ウゥ足の筋が、、、それでも負けずにグイグイと上半身をいじめていると、2人連れの女子中学生が近くにあるベンチに腰掛けたのが見えた。
ぼくは一通りストレッチを終えると、今度は腹筋をするために、両手を頭の後ろにまわした。続いて上体を起こそうとしてもがいたとき、先程の中学生がぼくを見て笑っているような視線を感じたのだ。1回腹筋をしたところで、両手を頭につけてやるのは、今のぼくには無理だというのがわかった。それで両手を離したら、スイスイとぼくの腹筋は進んでいった。歳を忘れるほどの軽さだ。人工芝の感触もフィットしている。
20回、30回、いい調子だ。何とか自分の年齢の数まではがんばるぞッ。オオッいけそうだ。49、50、51、あと1回。フーッ、ぼくはこのプチ達成感に満足し、ゆっくりと起き上がりながら、何気にベンチの2人の表情をチェックしてみた。

2人連れはニコニコ顔をして、話しに夢中になっているみたいだ。ひょっとすると、彼女たちは娘と同じ井草中学の学生で、学校のジャージをはいているオヤジがいるのを発見して、思わず笑ってしまったのか。いや、それは勝手なぼくの推測で、2人は最初から笑顔のまま上スポにぶらっと立ち寄って、ベンチに座り、学校の先生のことや、同級生の男子のことや、お笑い芸人のネタのことなんかで盛り上がり、普通におしゃべりを楽しんでいるだけなのかもしれない。
まあ、そんなことはどっちでもいいことだが、平凡な連休の中日に、たまたま思春期の少女たちの、リアルな笑顔に出会えたことが、ぼくの日常に”ある種の気分”を与えてくれているようで、ぼくはうれしくなって、右のポケットから小銭を取りだし、自販でダカラを買って、ゴクゴクと飲みながら、しばらくグラウンドの決勝戦の歓声に聞き入っていた。

nakaseko_070525-001.jpg

自宅の玄関の前で、キーを取るために左のポケットに手を入れた。ところが、ない、ない、ないっ、家のキーが無くなっているのだ。
「しまった、さっき腹筋したときに落としたんだ、間違いない!」

あわててぼくは上スポに走って戻り、腹筋をしていた人工芝の辺りを、目を地面に付けるようにしてキーを探した。試合を終えた球児たちがユニフォームを着替えながら、不審そうにこっちを見ているのがわかる。不思議だ、寝転がったのはここしかないのに、何度探しても、ついにキーは見つからなかった。そろそろ日が落ちる時刻になっていた。さっきまでベンチでしゃべっていた、件の2人連れの姿ももうなかった。

「またッ家の鍵を落としたの、あんた引っ越すたびに無くすよね!」
誕生日の前日だというのに、やれやれ、妻は機嫌を損ねてしまったみたいだ。

世間はまだまだゴールデンウィークだ。青空の下、カラダも軽く、ココロも軽く、女子中学生の笑顔までは良かった。しかし、ハプニングは、突然ぼくの気分をブルーにした。
バツが悪いのでアトリエに引きこもることにした。そして、ひきこもったついでに、本棚に雑然と積み重なったままのファイルを見て、丁度よかった、気分直しに資料の整理でもして、51才最後のこんな1日に、ぼくはケリをつけようと思ったのだ。